3.14【シャンドール&ジグモンド】





3月14日。

シャンドールは頭を抱えていた。
高校生でありながらマジシャンを兼業している彼は、ちょうどこのホワイトデーの日に、とあるクラブで仕事の予定が入ってしまった。仕事の時刻は夕方だが、彼はいつも仕事前に美容院でダンディー特殊メイクをしてもらうため(30歳くらいに見えるようになる)できれば学校は午前中で早退したいと思っていた。

だが、今日彼は学校でもやるべきことがある。
通学バッグとは別に持ってきた折り目正しい紙袋の中には、バレンタインデーの日に大量にもらったチョコレートのお返しが入っているのだ。


「はぁ……」

「どうした、シャンドール。また悩ましげな顔しちゃって、相変わらずかっこいいな」

「ジグモンド……そういうコメントはやめてくれ(汗)」


ジグモンドはシャンドールの前の空いている席にどっかりと腰を下ろした。シャンドールの机の横に意味ありげに置かれている紙袋に一瞥を向けると、ジグモンドは心得たように頷いた。


「で、そんなにうらやましい状況にありながらため息をつくとは、あぁ、さすがシャンドール。手に余るってか?」

「お前俺がどんだけおこがましいと思ってるんだ(汗) 違うんだよ、今日中にこれらを返さなきゃいけないっつーのに、時間がなくて。昼休みにはもう出るからさ」


今は2時限目。どうやら先ほどの休み時間を使って何人かには返したらしいが、たった10分間では一クラスに行くのがやっとだったらしい。紙袋の中にはまだたくさんの小箱が残っている。
ジグモンドは興味のなさそうな表情をつくって窓のほうを見やり、へぇ、と相槌を打った。


シャンドールは、モテる。恐らく昨年ミスターに輝いたジグモンドよりも、モテる。
大人びた顔立ち、紳士的な振る舞い、妖しげな魅力、そして他の誰にも持ち得ない透視能力という特殊な才能を持つシャンドールに興味を持たない女子はいない。


……ちなみに。彼の副業は一応マジシャンということになっているが、彼は実は本当の超能力者である(爆)。 


(ああ、今日のジグモンドはハート模様のトランクスか……。これ去年のクリスマスパーティーのプレゼント交換でもらってたやつだ。あいつはギゼラからのプレゼントだと思い込んでたけど、実は俺からのプレゼントだなんて気づいちゃいないんだろうな……その上超能力でジグモンドにいくように操作してたことなんて……/ニヤリ)


……と、こんな具合に彼はところかまわず透視能力を活用していた……(汗)。


ぼんやりと自分を眺めているシャンドールに気がついたジグモンドは疑わしげに眉をひそめた。
まさか今この時、自分のアンダーウェアを透視されているなんて知らない彼は、すっかり黙り込んでしまったシャンドールがよっぽど思いつめているのではないかと思ったのだった。

……悩みの種が若干しゃくだが、ここは親友として助けてやらなければ。



「……よし! じゃあ俺が代わりに渡しといてやる。リスト見せてくれよ」

「えっ本当に? いいのか?」

「当ったり前だろ〜。俺とお前の仲じゃん」

「ジグモンド……お前って意外にいい奴だな。ちょっと待て、今リスト作るから」


シャンドールは紙とペンを取り出してリストを書き始めた。10人、15人、20……?


(マレークっていうと……かわいいって有名な1年のお嬢さんか? あの子にももらっていたのか。ってかボルディジャールって誰だよ!(汗) なんでもありかお前!!/滝汗)


シャンドールは次々に名前とクラスを書き込んでいく。

ジグモンドの心にちょっぴり黒い感情が芽生えた。


「はい、じゃぁ、これよろしく。箱の中身は全部一緒だから適当に渡してくれればいいから」

「おっけーおっけー。昼前に出るんだっけ?」

「あぁ、お前が渡しておいてくれるならもう行くよ。悪いな」

「任せとけって。仕事、がんばれよ」


2時限目が終わると、シャンドールはあわただしく教室を出て行った。残されたジグモンドは彼の姿が消えたのを確認すると、高級そうな香りを放つ紙袋を覗き込む。


「何々……。うっわ、ラデュレのマカロン? マジかっこつけだな。どんだけ金かけてんだよ」

「ジグモンド先輩、何してるんですか?」

「あ、パトリシア。ちょうど良かった。はい、これ。この間はチョコありがとな」


興味深そうに覗き込んできたパトリシアに、ジグモンドはまさにその紙袋から一箱取り出して渡す。さわやかな笑顔を浮かべて高級菓子を手渡すジグモンドに、パトリシアは感激して高い声を上げた。


「えっ……うそ、くれるんですか!? 嬉しい〜! ジグモンド先輩、お返ししないって有名だったから、もらえるなんて思ってませんでした」

「どんだけひどい奴だと思われてんの? 俺」

「あはは、ごめんなさい。でもヴェロニカもシャンドール先輩にチョコあげてたみたいだけど……もうシャンドール先輩帰っちゃいましたよね」

「え? シャンドール? ああ、帰った、帰った。まったく恩知らずな奴だな。ヴェロニカも可哀想に」


これ見よがしにため息をついてみせ、ジグモンドは他の教室に向かった。教室を出るときに、もらったリストをくしゃっと丸めてゴミ箱に放った。


(よし、これでシャンドールは女の子たちにお返しをしなかったことになるぞ。あ、これ美味い)


仮にもミスターコンテストで優勝した彼だ。シャンドールほどとはいかなくとも、それなりにもらっているので返すべき相手は大勢いる。
各教室を周って自分の株を上げながら、ジグモンドは余ったマカロンをつまむのだった。